子宮頸がんより先に、病院に心を折られそうになった話
タイトルの通りで、私は永遠に不満を抱えている。
何もかもスムーズにいかない。
【市の検診で要精密検査】
事の発端は、市の特定健診 子宮頸がん検診で引っかかったところから始まった。
2025年、夏のことである。
市の産婦人科で、乳がん検診と子宮頸がん検診をセットで行った。
結果は、異形成の疑いで、要精密検査になった。
最初は毎年行ういつも通りの粘膜を採取して行う検査をして、
結果は2週間後です〜。で終わりだと思ったが、
異形成の疑いなので早めに来てくださいとわざわざ電話をしてくれた。
あら。先生優しいのね。
でもここの先生何喋ってるのか全然聞い取れないのよ。
ボソボソブツブツよくわからん。
ハキハキと端的に話してくれ。
とゆー不満はあれど、2週間後+数日で、結果を聞きに行った。
今回採取した粘膜をそのまま使って、簡易検査ではなく詳しい検査ができると言われ、
同意書にサインをして、その日の診療は終わった。
採取した粘膜を詳しい検査に回すのに、期限があるとかなんとかで、
早めに来てほしかったのだと。
なんかよくわからんけど、とりあえず同意。
説明がね、ほんとによくわからんのよ。
で、そこから更にまた2週間後。
やはり再度検査に出したけど、異形成疑いがあるから、
大きい病院に行くようにと。
【総合病院へ紹介】
総合医療の大きい病院に紹介状を書いてもらい、
初めてそちらでの検査。
簡単にいうと、検査は2種類ある。
市の特定健診で行われる検査と同じように、粘膜を採取してやる方法。
それから細胞を摘出して検査する方法。
粘膜のやつ=ゴスゴス取られるやつ
細胞のやつ=バツン!と切り取られるやつ
粘膜=まぁ痛苦しいけど耐えられるぐらい
細胞=まじクソ痛い大声出したくなる
という違いがある。
【初めての細胞検査】
大きい病院での初検査は、粘膜・細胞、どちらも行った。
結果は2週間後。
そして結果は、やはり異形成の疑い。
今後、3ヶ月に1回検査しましょうね。
数値によっては半年に1回の検査になると。
数値が1~3だとしたら、今回の私は1。
簡単に説明すると、
1→そのまま要観察
2→こちらも要観察だけど、3(つまり癌)になったら即手術。2の数値が半年1年続いたとしても、手術検討
3→癌になってるからすぐに手術しよう
(※これは当時、私が先生から受けた説明を、私なりに簡単にまとめています)
(※私が病院の先生に“異形成の段階を簡単に解りやすく3段階にして教えてください”といって説明を受けたものなので、実際の医学的分類とは異なるかもしれません。)
今回、私は1だったので、
大きい病院での1回目の検査は
3ヶ月後に予約をして、終わった。
あれ?半年後じゃないの?
とにかく、
1回目の細胞の検査がめちゃくちゃ痛くて
「この痛いのを3ヶ月後にまたやるんですか?」
と、私は半泣きで問いかけた。
病院としては、半年に1回細胞。
3ヶ月毎に粘膜でいいとのこと。
よかった…次は痛い検査やらないんだ…ホッ
【担当医が交代】
さて、あっという間に3ヶ月が経過。
大きい病院での2回目の検査だ。
なんと担当医が変わっているじゃないか。
担当医が変わっているから、
もう一度クソ痛い方の細胞検査をやるとのこと。
キイテナイヨ
とにかく痛い検査だとしても、しょうがない。
病院の先生がいうんだから、耐えるしかないよね。
私は耐えた。
すると。
終わった時に、
年度が変わるから、次に貴方が来られる時には私はこの病院に居ないので
次の検査の予約だけとって、検査内容は新しい担当医が決めると。
はぁ?
ま、まぁ。病院の先生がいうんだから、しょうがない。
従おうじゃないか。
この時の私は、また数値的には1。要観察だ。
そしてなぜか予約は3ヶ月後。
数値が1なら半年毎じゃないんですか?
もう、もう、もう!
(そして私はこの期間に引越しをした)
そして新年度。
新しい先生だ。
若い女性の先生だ。
今まで男性の先生だったから、まぁその辺はよいかな。
引っ越したから、病院を変えてもらいたい気持ちがあった。
新しい病院は家から徒歩圏内と近く、産婦人科もあることは調べていた。
検査が終わったら言おうかな?と、この時はまだ悩んでいる段階だった。
【地獄の45分診察】
そして地獄の検査が始まる。
なんとまた、痛い方の細胞検査だ。
しかもこの先生。
この春この病院に来たばかりで、
どこに何かあるかまだ全然把握してない予感。
嫌な予感がして、私は診察が始まってから、スマートウォッチのタイマーをオンにした。
結果から言う。
私は45分間。
あの産婦人科の宙ずりの椅子に座らせられていた。
(最初、あまりにも先生の登場が遅く、1度椅子を宙ずりから元に戻されて待たされる時間含む)
若い女の先生+ベテランの男の先生と、ダブル診察だった。
しかも、ベテラン男性先生が教える→若い女先生がおさらいする。
私のお股を実験台のように、
ここをこうするといいとか、
この場合は時計回りでこうするといいとか、
機械はここを押すとこうなるとか、
全部下半身を隠すカーテン越しに、丸聞こえだ。
全ての動作を男先生→女先生で、二重にやられた。
ここはこう。はい、じゃぁやってみて。
あ〜!なるほど!ありがとうございます〜!
…
…
じゃねぇわ。
わしゃモルモットか。
「まだ終わらないの?」
時計を見る。
10分。
20分。
30分。
脚は震える。
恥ずかしいより、もう早く終わってくれ。
そんなことしか考えられなかった。
長い長い診察時間の中、
今回は細胞を切り取られる痛みに着目せず終わったことだけは、ありがたい。
それよりも怒りと悲しみと疲労が限界で、
診察が終わって“結果は2週(ry)”の説明時間に、私は病院の転院を申し出た。
引越しをしたこと。
引っ越し先の近くの病院へ転院したいこと。
それらを伝えて、
紹介状は2週間後の結果を聞くタイミングで用意をしておくと言われた。
2週間後を迎え、
ようやくこの病院ともお別れか〜
前回の診察は酷かったな〜
なんて呑気な気持ちでいた私の心は砕けた。
【数値が悪化】
数値が上がったのだ。
1→2へ。
(※以前説明した「2」の状態になった。)
でも、子宮頸がんの部分は細胞の新陳代謝が早いから、
奇跡的に1に戻ったら、それはそれでまた要観察。
は〜。ややこしい。
そっか〜
がん手前か〜
保険とかアレだなぁとか。
ま、今後は近くの病院だし、少しは気が楽かな?とか。
家族になんて言おうとか。
そんなことを考えていた。
私がジョギングやウォーキングを始めた伏線回収も
この件があったからなのである。
次回は、紹介先の病院を3ヶ月後に予約してくださいとの説明を受け、
この病院を後にした。
さようなら。総合医療の大きい病院。
…
…
……
さようなら出来なかった。
紹介状の不備やらなにやら。
またそのうち書こうと思う。
病気そのものももちろん怖い。
でも、それ以上に
「何が起きているのか分からないまま検査を受け続けること」
が、私には一番つらかった。
病院には忙しい事情があるのも分かる。
それでも、患者は説明ひとつで安心できることもある。
あの日の私は、その安心が少しだけ欲しかった。
思い出しながらこの記事を書いただけで
なんだかどえらい疲労感。笑
拙い文章で、感情のままに書いてしまいましたが
ご清聴ありがとうございました。
次回
【転院…と思ったら】
